【4日目】中国〜モンゴルの陸路大移動

6月9日の夜に成田を出発して、モンゴルの首都ウランバートルに到着したのが6月12日。この3日間の出来事だけでもしばらく語りたくなるくらい面白いものだった。


発端

そもそも、ウランバートルへ行きたいのに、わざわざ中国を経由することにしたのは旅費節約のためだ。成田〜ウランバートル直通便は非常に高く、モンゴル行きを諦めかけていたくらいだったが、北京からウランバートルまで陸路で行けることを知り、それが経済的であることに気付き、実行することにしたわけだ。

同じようなコースを考えている人の参考になると嬉しいが、それなりに体力を使うことを覚悟して欲しい。

日本から中国・モンゴルの国境まで

私たちは北京に22時頃に着く飛行機で出発した。予算に余裕がないから、もちろん宿など借りるわけもなく、上海国際空港のベンチで夜を過ごす。周りは同じようなことを考えている人ばかりで、気負いなく寝袋を広げ、快適な寝床を作って寝ることができた。

分かりにくいが、この丸いベンチに寝袋を敷いて、2人で寝た。

分かりにくいが、この丸いベンチに寝袋を敷いて、2人で寝た。

朝になると出発の客で賑わってくるので、それを横目にこちらも行動を開始する。まずはモンゴルとの国境に隣接する二連浩特(アールリェンホト)という街へ行くバスに乗らなくてはならないのだが、事前情報では「六里橋バスターミナル」から出ていると聞いていたので、いろんな人に身振り手振りで質問しながら、電車でバスターミナルまで行ったのだが、なんとそこからは二連浩特までのバスはないという。もっともまったく英語が通じなかったので、席が埋まっているのか、この曜日には出ていないのか、なにかミスコミュニケーションがあったのかもしれないが、もはやそれを追求することも叶わず退散。帰り際に別のバスターミナルへ行けというアドバイスをくれて、紆余曲折しながらも言われたとおりに「木樨園長距離バスターミナル」にたどり着く。このバスターミナルは駅からも遠く、自転車タクシー(中国での正式名称不明)に乗せてもらい、ようやく着いた。

ついてしまえば簡単で、多くの人で賑わうターミナル内で二連浩特行きのチケットを買い、余った時間は近所の飲食店で昼食を食べた。

刀削麺を食べた後、ビールのあてにニンニクの芽を炒めた料理を食べる。

刀削麺を食べた後、ビールのあてにニンニクの芽を炒めた料理を食べる。

バスの乗車もスムーズで、どのバスに乗るか分からず戸惑った以外は何もトラブルはなかった。ここまでは……。乗客も少なく、5〜6人といったところ、ベッドは狭いものの快適で、楽しい遠足気分だった。

まだ快適で和やかだった頃のバスの社内

まだ快適で和やかだった頃のバスの社内

雲行きは急に怪しくなったのは、出発して30分ほどが経過して、突然バスはどこかのデパート横の駐車場に止まった時だった。のんきに寝ていた私たちは駐車場に止まったのを横目に、ちょっとした休憩だろうとそのまま寝てしまった。目が覚めたのは30分後、まだ同じ駐車場にいる。しかも乗客も運転手も誰もいない。どうにか出会った乗客の1人が奇跡的に英語を少し話せて、「あと2時間休憩」だと言う。出発して30分で2時間半の休憩……。

2時間待ってみると、バスから荷物をおろせと言われ、言われるがままに降ろす私たち。中国語が話せれば、喧嘩したくもなるが、あまりの英語の通じなさに黙って待つしかない。となりのバスに行くと、満員の乗客。しかも、そのバスも出発しない。まわりの様子から分かったことは……

  • 最初のバスは店員割れで、3台ほどの同じ行き先の乗客を1台にまとめることになった。
  • 1台にまとめたバスは故障してエンジンがかからない。

というわけで、乗客みんなでエンジンがかかるのを待つことに……。日程の決まっていない旅だからこそ、直るまで待とうというのんきな気持ちでいられるが、そうじゃなかったら精神的に疲れるだろう。しかし、乗客のほとんどを占めるモンゴル人の行商たちは、まったく慌てることも苛立つこともなく、楽しそうに座って待っていた。

ともかく、数時間待ち、日が暮れた後で満員になったバスは発車した。騒がしかったモンゴル人行商たちも気付けば寝ていて、自分たちも疲れに背中を押されながら眠りに落ちた。

北京を出ると、あとはただひたすら砂漠の中を走り続けていたようで、時々目を覚まして、外を見ると必ず砂漠だった。真っ暗なうちは「ああ、砂漠かァ……」と思うだけだったが、それが感動に変わったのは朝日が出てきた時だ。

砂漠に広がる朝日と風力発電

砂漠に広がる朝日と風力発電

見渡すかぎり地平線で、朝日が赤く染める地面との境界線も一直線に伸びている。日本ではまず見られない景色だ。

7時頃、予定通り(どうして、あれほど待たされたのに予定通り着くのか……)にモンゴルとの国境である二連浩特に到着した。バスを降りると国境まで連れて行くというタクシーがいるので、適当に値段を確認し、国境へ向かう。国境は歩いて越えることは許されておらず、必ず車に乗らなくてはならない。とはいえ困ることはなく、国境を超えたい旅人をターゲットにしたジープが国境の前で待っている。声をかければ値段交渉が始まり、決まればすぐに国境の向こう側のまで連れていってくれる。

中国・モンゴルの国境で門が開くのを待つ

中国・モンゴルの国境で門が開くのを待つ

私は初めての陸路での国境越えで、多少の興奮もあったが、なんともダラダラとした出入国で、興奮は昂ぶらないまま、薄れていった。

国境を超えるとモンゴルのザミーン・ウードという街に着く。ここは中国とモンゴルを行き来するバス・電車・ジープなどが交差するハブのような街で、見渡すかぎり中国から商品を仕入れる行商人ばかり。産業も観光も見当たらず、ホテルはかろうじていくつかあるが、それらも恐らくは翌日の電車を待つ為に使うのだろうと思う。

ザミーン・ウードからウランバートルへ行く電車のチケットを買おうと、重い荷物を背負い駅前をうろついていると、国境付近でチラリと挨拶を交わしたモンゴル人女性と再会した。こちらとしては軽い挨拶をした程度で、記憶も曖昧なくらいだったが、相手は大荷物の旅人カップルとあって印象的だったのだろう、チケットの買い方、電車の乗り方など、事細かにアドバイスをくれて、なにか困ったら自分たちの席に来なさい、と片言の英語で席番号も教えてくれた。

電車は全席指定席なのだが、なぜだかみんな先を競って乗車する。なんだか分からないまま自分たちも潜り込むようにして乗車したのだが、すぐに事情は分かった。行商人は商品を自分たちで持ち込んでいるため、日本では到底信じられないほどの量の荷物を抱えて乗ることになる。そのため、指定されている席は良いのだが、荷物置場の取り合いが激しいのだ。人の席の荷物スペースだろうが、早い者勝ちで、それを取れないと席から離れた場所に荷物を置くことになる。それは貴重品の多い旅人にとって避けたいことなので、この電車に乗る際はぜひ、急いで場所取りをしたほうがいい。

写真では分かりにくいが、最後尾の車両が見えないほど、車両が多い

写真では分かりにくいが、最後尾の車両が見えないほど、車両が多い

慌ただしい乗車を終えると、あとはのんびりしたもので、モンゴルの行商人たちは1.5リットルの水を片手に何かを語らっている。モンゴルの人たちは本当に良い人ばかりで、旅人風の私たちが珍しいのか気楽に話しかけてくれ、モンゴル語まで教えてもらったーー最後までまともに通じなかったが……。私の風貌が日本人っぽくないせいか、何度日本人だと言っても「ヨーロッパ! アメリカ!」と疑っていた。たぶん、今でも疑っているんだろうな。

まぁ、日本人には見えないか……

まぁ、日本人には見えないか……

この電車にさえ乗れば、ウランバートルまでは軽々と行ける。

当初節約の為に選んだこのモンゴル入国の道だが、中国を味見程度に楽しめて、道中でモンゴル人の人の良さを知ることもでき、結果的には節約以上に楽しいモンゴル入りとなったと思う。時間を急ぐ旅ならばおすすめしないが、人と接して、街と接する旅をしたい人ならば、苦労はすれど、楽しめるだろう。

ちなみに後日談だが、電車に乗るときに手伝ってくれたモンゴル人女性は、なんとウランバートル駅で私たちを探しに来てくれて、彼女の自宅に迎えてくれ、家で昼食までごちそうしてくれた。「いつでも泊めてあげるから連絡しなさい」と電話番号までもらってしまい、旅始まって数日にして、最高にありがたい出会いとなった。

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