【23日目】傷口に糞! モンゴルでのボランティア体験

モンゴルでたったの3日間だが、Workaway.infoを通じたボランティアをしてきたので、その内容を紹介したい。

※関連記事:【22日目】働くことでその地を知る! WORKAWAYについて

場所はモンゴル北部のフブスグルにあるハトガルという人口3,000人に満たない小さな町。ここまで来るには、首都ウランバートルから17時間のバスと2時間のミニバスを乗り継ぐことになる(関連記事「【21日目】モンゴルの大自然で動物に囲まれ乗馬ツアー」を参照)。僕らはハトガルからボランティアの現場――ハトガルの人はそこをカントリーサイドと呼ぶが、ハトガル自身も十分カントリーサイドに思える――まで車で移動した。

そこは本当に田舎で、隣の家(ゲルやそれに近い家)まで歩いて5分程度かかるし、見渡すかぎりでせいぜい5家族くらいしか住んでいない。そのなかで羊・ヤク・馬といった動物たちを放牧しており、その管理をしながら生きている。

毎朝バケツに2杯の乳搾りをして、それをモンゴル茶にしたり、ヨーグルト的なもの、バター的なものなどに加工します。

毎朝バケツに2杯の乳搾りをして、それをモンゴル茶にしたり、ヨーグルト的なもの、バター的なものなどに加工します。

これが、なんとまぁ、美味しいことか。日本に帰ったら自分でヨーグルト作ろうって思ったほど、うまかった。

これが、なんとまぁ、美味しいことか。日本に帰ったら自分でヨーグルト作ろうって思ったほど、うまかった。

仕事の内容を書く前に、僕らがお世話になった家の生活スタイルを書いたほうがイメージが湧くだろうと思う。このエリアでは平均的な生活スタイルだったと思う。

まず電気・ガス・水道はない。電気については一応小さなソーラーがあり、携帯電話の充電と裸電球1つを点灯させることはできる。ガスはまったくなく、家の中の竈(かまど)で火を起こして調理を行う。この火は暖房も兼ねていて、寒い火はつけっぱなしとなる。水は徒歩数分の場所に流れる川から必要な分を汲んでくるが、1度では足りず、1日2〜3度は必要となる。

そんな中、僕らに与えられた仕事は3人がかりで半日近くかかる羊の糞掃除、終わりのない薪割り、朝と空いた時間には水汲み、壊れた木造フェンスの修繕、羊の毛刈りと多岐に渡るものだった。しかも、そこに住むのは40歳くらいのモンゴル人女性のみで、英語はまったく通じず、仕事の指示がすべてモンゴル語と身振り手振りときたものだ。2週間ほど早く来て、仕事に慣れていたアメリカン人のBenがいなかったら、手も足も出なかったに違いない。

実際は1回(しかも数滴)絞っただけで、あとはベテランの女性がやってくれた……。

実際は1回(しかも数滴)絞っただけで、あとはベテランの女性がやってくれた……。

いつもこの大鍋で朝昼晩の食事を作ってくれる。うまかったなァ。

いつもこの大鍋で朝昼晩の食事を作ってくれる。うまかったなァ。

どの仕事も違った苦労があったが、糞掃除の精神的辛さといったら言葉はない。何しろ前の日に完璧にキレイにした羊の柵の中はすでにクソまみれで、羊によって踏み固められ、もはや土のようになっているのだ。土のようなのだから、放っておきたいところだが、そうもいかずスコップで掘るようにして取り除くわけだが、心の中で「また羊が帰ってきて、一晩過ぎればクソまみれ」という思いが渦を巻き、なんとも言えない疲労感に襲われるのだ。

羊の毛刈りは仕事というよりも、ちょっと体験的に手伝わせてもらった程度だった。毛の伸びてきた羊を捕まえ、足を縛り、毛をむしるように刈っていく。手伝う程度で苦労はしていないが、衝撃だったのは仕事を教えてくれていた少女が誤って羊の皮膚を切ってしまった時だ。

ちょっと深めに切ってしまい、流れる血を横目に僕らが「うわァ」と呆けていると、少女は近くにあったまだ柔らかい糞を傷口に塗り始めたのだ。少女とも言葉が通じないので、なぜ傷口に糞を塗るのか最後まで分からなかったが、もしかすると「自分の体から出た物なのだから、体に良い」という理屈なのかもしれない。

Benと僕らはそれを見て「いつか宇宙人がきて、人間を縛り上げ、髪の毛をむしり、傷口に自分の糞を塗るような日がこないことを祈る」と冗談を言って、力なく苦笑いを繰り返していた。一方で、いつも僕たちが食べている肉や毛皮もこうした仕事を通じて届いているのだ、と思うと深く感謝せずにはいられなくなる。

毎日数時間おきに知り合いがやってきては、お茶を飲み飲み、雑談に花を咲かす。みんな愛嬌のある人ばかりだった。

毎日数時間おきに知り合いがやってきては、お茶を飲み飲み、雑談に花を咲かす。みんな愛嬌のある人ばかりだった。

ここで寝泊りしていた。僕らはテントがあったので、庭にテントを張って寝たのだけど、朝になると羊がテントを食べようとするので、大変だった。

ここで寝泊りしていた。僕らはテントがあったので、庭にテントを張って寝たのだけど、朝になると羊がテントを食べようとするので、大変だった。

ここにいる人は誰でも馬に乗る。

ここにいる人は誰でも馬に乗る。

振り返ってみて、この数日で痛感したのは子どもの自立だ。

10歳を越えたくらいの少年少女がすでに責任をもって、すべての仕事を遂行しているのだ。日本だったらせいぜい「手伝う」くらいで満足するだろうが、ここでは大人と変わらず、自分で考え、行動し、完了するまでどんなに遅くなろうが疲れようが、やめない。小さな子どもも火を起こし、お茶を作るし、薪も割る。その子どもたちを<手伝う>僕らのほうがよっぽど子どもっぽかっただろうナァ、と振り返り思う。

日本で仕事をしているときも感じたことだが、「仕事を任せる」というのは思ったよりも難しい。どうしても教える側にとっては自分でやったほうが早いと思ってしまうし、任される側も急に任されて不安になることが多い。しかし思い切って任せてしまうことで、責任が生まれ、やり方を見つけていく。任すこと、任されることがこうして小さな頃から体験できることは良いことなのだろうな。

成人になるとか、大人になるとか、そんなことは気にせず、子どもだって仕事ができる、と考えさせられた。この考えは日本に帰ってからも活かしたいな。

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