【33日目】モンゴル回想

写真を撮っていい? と訊ねると「Yes」と答えてくれた。

写真を撮っていい? と訊ねると「Yes」と答えてくれた。

モンゴル・ウランバートルから中国・北京に向かう国際列車の4人部屋で今こうして記事を書いている。

部屋には僕ら2人しかおらず、他にあるものといえば買いためた食料品と数冊の文庫本と、それらを飲み込む30時間もの途方もない乗車時間しかない。どうせ飲み込まれる時間ならば、意義あるものにしたいと思い、モンゴルの旅をまとめた記事でも書こうかと思い立った。

6/9に世界一周の旅へと出発し、今日で27日目。移動に費やした時間もあるとはいえ、4週間近い日数をモンゴルで過ごしたことになる。かといって、あれこれと忙しく観光していたわけでもなく、やったことと言えば、ウランバートルの町でただ平凡に生活し、田舎町に行って馬旅を体験し、さらなる田舎でオトゥという女性の仕事を手伝いつつ生活を共にさせてもらったくらいのものだ。

兄弟3人で仲良く走り回っている。

兄弟3人で仲良く走り回っている。

最初、モンゴルが文化の面で深みのある国のように見えなかった。社会主義から資本主義へ変化し、使う文字も短い期間で入れ替わり、ゆっくりと文化を深めていくような余裕ななどなく、国民はコロコロと変わる政治と文字に振り回されていたのかもしれない。世界の芸術文化に詳しいわけではないが、モンゴルの北に接するロシアは小説「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」を生んだドストエフスキーの祖国であり、他にも素晴らしい作家が多い、南に接する中国もご存知の<中国4000年の歴史>と言われる通り、音楽・文学・建築物などで素晴らしい作品を残している。そんなロシアと中国に挟まれ、日本からの距離も近いはずのモンゴルだが、日本で暮らす僕らが知っていることと言えば馬頭琴という楽器と、ホーミーという奇抜な歌い方があることくらいだ――それらはそれらだ十分すぎるほど素晴らしいのだが……。

だからこそ「モンゴルの文化」という面に注目しながら旅をしていたつもりだが、ある時までは「やっぱり思っていた通りだな」と感じていたが、モンゴル北部の町ハトガルで馬旅をし、働かせてもらっていた数日で強制的に思い知らされたことは「生き方そのものが文化であって、そしてそれが記念碑的な思い出話ではなく、今の実生活にも根強く残っている」という事実だ。

僕らがしばらくお世話になった田舎町。

僕らがしばらくお世話になった田舎町。

今でも家畜を放牧し、そこから得られる毛を衣類に変え、肉や乳をその日の食料品とし、時としてそれを売り現金を得る。毎朝必ず乳を絞り、そこからスーテーチャ(モンゴルミルクティー)を作り、形状や味の異なるチーズやヨーグルトを何種類も作る。これらが観光客向けの土産物としてではなく、本当に生活の中に溶けこんで、当たり前のものとして存在するのだ。遊牧民の移動型住居であるゲルもそうだ。実際に今でも当たり前のように使われている。

馬とも当たり前のように共存していて、誰に聞いても馬に乗れるし、東南アジアでよく見かける「バイクや自転車でのタクシー」のように馬でのタクシー的サービスも田舎の町では残っている。言うまでもなく、これらも観光客向けではなく、地元の人が使っているサービスだ――そもそもそんなに観光客はいないのダ。

赤ん坊の羊を子どもが世話している。

赤ん坊の羊を子どもが世話している。

こういった文化的生活(というと、変に都会的な生活に聞こえるナ。生活的文化、と言ったほうが正しいかもしれない)の中で短い期間とはいえ生活し、とにかく実感させられるのが、仕事と生活の距離感の違いだ。今の社会だと仕事は現金を生み、現金が食料品や生活品に変わる。仕事の内容自体も人の生活にどのように関与するか分かりづらいことも多い。このおかげで仕事は仕事、私生活は私生活という現代の生き方が成り立っているとも言える。

ところが僕らが今回経験した生活と仕事はすべてが直結する。今日、乳搾りをサボれば飲む乳はなく、水を汲まなければ料理もできず、薪を割らないと料理もできなければ、暖も取れない。パンや麺が食べたければ小麦粉から練るしかなく、インスタントに食べられるわけじゃない。その季節にならなければ食べられないものもあり、季節感などというものは放っておいても感じさせられる。季節感を感じるために週末に公園に行ったり、旬の野菜を食べられるレストランに行く必要などない。

なにも「日本もこうあるべきだ! 自給自足をしよう!」と言いたいわけではない。仕事の後で飲むビールはうまいし、そこで食べるものもうまい。自給自足には有給休暇などなく、ゆっくり旅をすることもできない。とてもじゃないが、あの生活にどっぷりと一生を費やすことはできなそうだ。現代的生活の中で少しだけ、例えば庭で野菜を育ててみたり、自分で麺を作ってみたり、パンを焼いてみたり……、自分で自分の生活を作る行為を取り入れてみたいと思うのダ。

そんなモンゴルにも近代化の流れは始まっている。1滴の水滴が大海に起こす波紋のように、広大なモンゴルの草原にも近代化という水滴が起こした波紋が広がっている。首都ウランバートルの中にいれば、十分に「現代的な生き方」ができるし、実際そういう人が多い。

これから何十年かが過ぎて、その波紋がどういう広がり方をするのか? 何を壊し、何を残すのか? 興味がある一方で、姉妹で羊追いをするあの少女たちの姿が失われなければいいな、と身勝手に思ってしまうのダ。

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