【70日目】文化と自然が交差する家を通じて未来を思う

僕らはマレーシアを旅をしたと言いつつ、実はごく限られたエリアに長く滞在したに過ぎない。マレーシアに入る前からWorkaway.infoを通じて、Kuala Penyuに住む家族のもとでボランティアをしながら滞在させてもらうことになっており、ほとんどの期間をそこで過ごした。彼らの家で過ごした期間を除くと、キナバル登山くらいしかアクティビティはない(参照「【64日目】嬉し悲しのキナバル登山」)。

この家族や滞在中の出来事については語りたいことが多すぎる(その中の1つは「Malaysiaで味噌汁と親子丼をつくる」)。ここで経験したことについてはそれぞれ別の機会に書くとして、今日はこの家族周辺の環境について書きたいと思う。それだけでも魅力的な環境であることが分かるはずだ。

また、この家庭は年内〜来年には昔からの夢だったゲストハウスを開く予定になっている。彼らならばきっと魅力的なゲストハウスを作るだろうと確信している。

日本から来てくれた仲間たちと現地の家族で集まって記念撮影!

日本から来てくれた仲間たちと現地の家族で集まって記念撮影!

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<自然>

僕らがお世話になった家庭はKuala Penyuの海岸沿いに位置し、キッチンの窓から椰子の木とその奥に広がるビーチが見える。また、陸側を見ればすぐそこがジャングルで、日常的に野生の豚やらワニを見かける自然に満ちた場所だ。

ビーチになぜかバッファローの群れが住んでいて、朝夕は浜辺を散歩しているのが見える。巨体のくせに近づくと逃げるのがかわいくもあり、どこか滑稽でもある。

ビーチをこうして、バッファローが毎日歩いている。

ビーチをこうして、バッファローが毎日歩いている。

<入り混じる宗教>

周辺の環境が海とジャングルと多彩なように、家庭環境も少し独特だ。家族が真面目なキリスト教徒である一方で、1人一緒に住んでいる15歳の女の子「アナ」がイスラム教徒である。ちょうど僕らが住み込んでいた時期はラマダーンという毎年1ヶ月間行われる断食の最中だった(参照:ラマダーン – Wikipedia)。日の出ている時間帯は断食となるため、この家庭のお母さんは日の出前に朝食を作り、アナが食べ、他の家族が起きてから、また普通の朝食となる。そして、朝昼晩の食事の前はキリスト教徒としてのお祈りとなる。アナが一緒に食事を取る場合(ラマダーン期間は夕食のみ)、アナだけがイスラム教としてのお祈りを捧げるわけで、僕らが混ざるとキリスト教、イスラム教、無宗教で「いただきます」と言って食事を始める3者が同席することになり、それはそれは印象的だった。

ラマダーン以外にも、日常的な食事にも制限がある。有名で分かりやすいもの豚肉だ。イスラム教徒は豚肉を食べない。よって、その日の食事の中に豚肉料理がある場合、お母さんは必ず豚肉ではないおかずもアナの為に作るのだ。

食事の時間、その内容について、キリスト教とイスラム教が混在する中で考えるわけで、それはそれは大変だろうと思う。それをサラリとやってのけるお母さんに対する尊敬の念は日々高まるばかりだ。

また、イスラム教徒の女性は顔と手意外を隠した服装が義務付けられていることから、家族で出かける場面ではアナだけがへジャブといって頭を覆うスカーフを着ており、他のメンバーは普通の洋服を着ている形になる。

ここの家族が凄く素敵だと思ったのは、お互いの宗教を非常に尊敬・尊重しあっていることだ。そして、僕らが言う「いただきます」という言葉の意味も尊重してくれていたと思う。3人いる子どものうち20歳過ぎである2人の男の子たちがアニメの影響もあり、日本語を勉強し、日本の食事などにも興味があったお陰で、僕らも非常に気持よく家族に溶け込むことができた。

ラマダーンが終わった後で開かれるハリラヤというイベント。断食をやり抜いたことを祝う。

ラマダーンが終わった後で開かれるハリラヤというイベント。断食をやり抜いたことを祝う。

<周りに住む人、家を出入りする人>

ここの家庭の主であるアミンは政府から請け負ったインフラ事業を手がけており、一言でいえば裕福な家庭である。一言で言えば家が広い。村の教会でも重要な立場にいて、毎週日曜日のお祈りは当然として、その他のイベントでも準備や司会などを手がける。そういったことが関係しているのか、日々多くの人が家を出入りする。その人たちと日々交流していたおかげで、ずっと同じ場所に滞在していたにも関わらず、多種多様な人と知り合い、新しい経験をし、発見の多い日々を過ごせた。

アマイ・ミロン

例えば、100m弱離れた隣の家はアマイ・ミロンと呼ばれるおじいさんが住んでいる。アマイとは現地の言葉で「おじさん」を意味するらしく、要するに「ミロンおじさん」というわけだ。彼は漁師で、目の前の海で魚を採って、市場や店で売るのではなく近所の人に売り歩いているのだ。僕らの家でもその魚を買って食べることも多かった。そして、その家に招待されて、食事を食べたり、道具を借りて自分たちで魚を採ってみたりと、非常に楽しませてもらった。

ここの家庭からアマイ・ミロンに船の制作を発注しており、ゲストハウスが開いたらお客さんに貸し出すらしい。こうして、お互いで得意なことで助けあう姿が凄く魅力的だった。

ここら辺では普通にカブトガニも食べるらしい。僕らも食べたが、なんともいえない味だ。

ここら辺では普通にカブトガニも食べるらしい。僕らも食べたが、なんともいえない味だ。

アンティ・アナ

他にも近所の家に住むアンティ・アナという女性も印象的だった。一言で言えば原始人のような力強さを持っている。動物の世話が得意で、ジャングルで朝から芋虫を集めて、それを生で食べ、タコ取りが得意。飼っている犬もアンティ・アナに従順で、どこに行くにも付いていく。

最初にアンティ・アナに出会ったとき――失礼な話だが――おじさんかおばさんか区別できないほど、豪快な人だと思った。大きな声じゃ言えないが、途中から僕らの中で「アンクル・アンティ(おじさんおばさん)」というあだ名で呼んでた。それくらい彼女の事が大好きだったのだ。

滞在最後の夜。アンティ・アナが「餞別代わり」として、芋虫を山ほど持ってきて、焼いて食べさせてくれた。僕らの為にジャングルを歩きまわって芋虫を探してくれたと思うとありがたい。

お父さんに「絵を書く」宿題をやってもらう子どもたち。お父さん、うまいことこと、うまいこと。

お父さんに「絵を書く」宿題をやってもらう子どもたち。お父さん、うまいことこと、うまいこと。

この家族や周辺環境のことをこうして長々と書いたのは、僕らがこれからの生き方を考える上で参考になると思ったからだ。他の人の文化や宗教を尊重し、周りの仲間との交流を大切にし、助け合い、自然を身近に感じながら生きる。そして、現状に満足せず、夢に向かって仲間と邁進する。1人じゃできないことも家族や仲間で協力し合えばうまくいく。そんな当たり前で青臭いことも、目の前で見るとただただ感心してしまうのダ。

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