【140日目】古都アユタヤでお寺と象と

バンコクから適当にバイクを飛ばし、疲れて辿り着いた街であるアユタヤ。街に入って読めない看板をしきりに読んでいて気が付いたのはwatという言葉が多いこと。アンコール・ワットのワットだとすれば、お寺の意味だろう。であれば、お寺が多い場所。ただの街じゃないな、というのが僕らの第一印象だった。

安いゲストハウスに入り、夕食を済ませ、WiFiに繋いで街について調べてみると、なんと1300年代に栄えたアユタヤ王朝の名残の街なのだ。しかも更に調べてみると、名前の由来が面白い。

一般には『ラーマーヤナ』物語のラーマ王子の国、インドのアヨーディヤにあやかってアユッタヤーと名付けたと言われる(インドネシア・ジョグジャカルタも同じ由来を持つ)。(Wikipediaより)

僕らがインドネシアで滞在していたジョグジャカルタと同じ名前の由来を持つのだ。興味を持たないわけもなく、僕らはここに1日滞在し、観光をしてみることにした。

ゲストハウスで観光マップをもらうと、予想通りこのエリアはお寺だらけ。地図が寺で埋め尽くされているくらいに感じる。その中から何となく華やかそうな寺を見定め、バイクで行ってみることにした。――言うまでもないが、こういうときバイクの存在がありがたい。なければタクシーしかなかったはずだ。

僕らが向かったのはワット・プラ・マハタートという寺院だ。駆け足でこの場所について調べたが、事前に分かったことは13世紀に栄え17世紀頃にビルマ(現ミャンマー)からの侵略で崩壊し、復興もならず、しばらくそのままだったということだ。

着いてみると、その残された寺院の様子は物悲しいのを通り越して、いかにも痛々しく見る影もない。恐らく全盛期にはいくつもの寺院が建ち並び、その宗教的な信仰に満ちていたのだろうと思うのだが、今は煉瓦造りの寺院は容赦なく破壊されており、建造物として原型を止めているものは、……ない。

塔のように立つ寺院は傾き、それ以外はすでに土台のみが残されている。そして、おそらく全盛期には100を越えていたであろう仏像のほぼすべては打ちのめされ、その頭を残すものがほとんどない。今はただ胡座を書いた仏像の足が悲しく並んでいるだけだ。

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通りすがりの日本人観光客が言った。
「この場所は建築的なすばらしさじゃなくて、破壊された怨念とかを見る場所だよ」

そうじゃない、と僕は思うのだ。怨念を見ても仕方がない。やはりその全盛期の趣に思いを馳せ、過去の人が作ったすばらしいものを見て欲しいと思うんだ。見えないものを見る。つまり想像するということが、人間らしさだと思う。もちろん、悲しい怨念に目を瞑るべきではない。守るべきものを再確認してほしいのだ。

そして、それを破壊する人間もいる。喧嘩、侵略、戦争、破壊、今のところなくならない、そういうものが驚くべき労力で作り上げた過去の遺産を壊してしまう。どうにかならないものか、と考えてみても答えはなくて、誰かにすがりたくなる。

 

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写真を見て想像してほしい。オレンジの生地をまとった僧侶が何百人とこの場所にやってきて、信仰を深め、神に身を捧げ、人間の平和や繁栄を祈ったころのことを。

しばらくこの場所を歩いたあと、休憩も兼ねて道路沿いの東屋に腰を降ろしていると、歩道を象が歩いてきた。象には象遣いと日本人風の男2人が乗っている。大きくよろめきながら、象が歩道を闊歩する。乗っている2人は上機嫌に笑い、通る観光客もカメラ片手に近寄る。象遣いは器用に象を操って、カメラの方へと顔を向けさせる。

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やっぱり平和っていい。

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