【164日目】展示物はどこへ? ミャンマー博物館散歩

ヤンゴンにやってきたのは、インドビザを取得するためなのだが、土日は開いていない。空いた時間を過ごすために、僕らは博物館へと向かった。

2013年11月23日

初めての土地は歩くだけでも楽しい。特にミャンマーといえば、アメリカの経済制裁が緩和されたり、日本からの直行便が久しぶりに開通されたり、簡単に言えばようやく開き始めた国である。両隣のインドやタイと違って、行ったことがある友達もあまりいない。そういうこともあって、ミャンマーはアジア最後のフロンティアなどと呼ばれているようだ。

初めての国で、大した情報も持たない僕らは、様子見がてら、ミャンマー国立博物館へと足を向けた。歩いて30分くらいだろうか。タクシーも使わず、ゲストハウスでもらった地図を片手に歩いた。

途中、あえて裏道に入っていくと線路に突き当たった。日本ならば行き止まりになるところだが、もちろんここなら通行できる。線路を歩いて大通りまで向かう。途中、駅があるが、それも通り過ぎていく。後で聞いたところでは、この路線は環状線になっていて、ヤンゴン内をぐるりと回るらしい。価格も安いだろうし、興味がある人は挑戦してみても良いと思う。

ヤンゴンの路上はアジアのどこもそうであるように、屋台天国だ。1番多いのは煙草屋。ミャンマーでは一般的である噛み煙草を中心に、日本で一般的な紙巻き煙草やバナナの葉で来るんだ葉巻きなどが売られている。どういうわけか、コンドームと一緒に並んで売っている店も多いようだ。次に印象的なのはサトウキビジュースの屋台。この屋台は遠くからでもすぐに分かる。まず屋台の隣に自分の身長より高いサトウキビそのものがバケツに入っている。そして、それを絞る機械が必ずある。この機械は手でハンドルを回すことで、ローラーがサトウキビを潰す。そこで絞られた汁が手前に溜まるようになっている。そのハンドルに鈴を付けている店が多く、回すとチリンチリンと規則正しい鈴の音がする。客がいないときでも、客寄せのためか、このハンドルを延々回している。

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↑カメラを向けると手を振ってくれた。

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↑いかにもコロニアル調な建物

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↑日本でいうおでん屋台か

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↑野菜売り場。地面にビニールシートを敷いて並べている

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↑本屋。なんだか雰囲気が好きだった。

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↑僕らのゲストハウスの近く。

こういう屋台を横目に、ようやく博物館に着いた。

建物は飾り気がないものの、大きく立派だと言える。入り口で携帯電話やカメラを預ける。ポケットなどをチェックされて、執拗に撮影機器の回収をしようとする。しつこい。

お金を払い中に入ると広いホールの壁に写真が飾ってある。がらんとしている。あまり飾るものがないようで、いかにも誰かがこのホールを埋めるために集めてきたような資料的写真が多い。それでも印象的だったのは、本の形。横長なのだ。縦10cm、横は40cmくらいだろうか。それがカード上に積み重なっていて、1枚ずつ手にとって読むようだ。

途中で急に金色の部屋に入る。どうもここが見所のようで、全体を通して力の入れ方が違った。凄いとは思うが、やはりよく分からない。

イギリスの植民地時代にミャンマーの価値あるものはイギリスに持って行かれたらしい。独立した今でもそれはイギリスにあって、ミャンマーでは展示するべき宝がないような状態だ。

ミャンマーの財宝や貴重品は持ち出され、建物もいかにもイギリスのコロニアル調とでも言えるものが多い。自国の文化が薄まるということは本当に怖い。「これが自国の文化だ」と言える象徴的なものがなくなり、自国の文化・歴史教育が減らされると、1世代かそこらで、自国の過去を知る人がいなくなる。人ごとではない。

日本の戦後でも、GHQから日本の歴史教育を制限されたことがある。それは数年で解除されたわけだが、今でも何もかも自由というわけではない。教育には誰かの意図や方針が存分に入っている。だから”教科書問題”という言葉があるのだが、旅に出る前はそこまで重要視していなかったように思う。よその国の文化が薄まるのを見て、危機感を持った。インドネシアでも同じことを思った。

展示物の少ない博物館というのも考えさせられるものだ。

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