【174日目】バガンへの道中、僧侶との生活を振り返る

僧侶の住む僧院を出て、ミャンマー観光の定番&大名所であるバガンを目指す。名残惜しむように僧侶との写真を紹介していこう。

2013年12月3日

移動日なのだ。書くことがないわけではない。あの長いバスのこと。長距離バスなのに、途中で止まり現地の人を格安で乗せていること。文字通り道のない砂漠的な場所を走った驚き。本当に目的地はあっているのか?

ここまで長旅していると、そういうものにも慣れっこになりつつあって、「まぁ、なんとかなる」とばかり思うのだ。

というわけで、今日はこの数日のウヴィセイタとの日々を振り返って、駆け足で写真をたっぷり載せてみる。前に載せたものと被ることもあるかもしれない。

Miaが「お礼に」と味噌汁を作った。その模様はMiaが世界新聞に寄稿している「ミャンマーのお坊さんに味噌汁をつくって食べてもらった

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ミャンマーで本当にどこでも喫茶店がある。親の敵のように甘い紅茶や珈琲は東南アジア名物だ。

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マレーシア・インドネシアではサロンと呼ばれる布を巻いてスカート状に着る ”男女兼用” の服だが、ミャンマーではロンジーと呼ばれる。僕らは市場の路上販売でロンジーを買った。帽子を2重に被った陽気なおばちゃんが売ってる。

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ビッグボード寺院と呼ばれる巨大な船状の寺院。船としては使えない。

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毎日の食卓の風景。これらの多くはウヴィセイタが托鉢して、町の人に貢いで貰ったもの

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日本で言うおみくじ。小さなビー玉状のものを鉢に投げ入れる。鉢によって恋愛運、仕事運、など違った意味がある。

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柵を乗り越えて釣りをする少年とウヴィセイタ。

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ウヴィセイタと俺。「夕陽がきれいだね~」みたいなことを話していたような……

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お茶は僧侶に限らず、ミャンマー人共通のお楽しみ。夜はみんなでお茶を飲もう。

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水上寺院。

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向こうの夕陽を眺めるMiaとウヴィセイタ

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ウヴィセイタの後ろ姿がなんだか好きで、何枚も写真を撮った。

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飲料水が出てくる水道。町の人がみんなやってきて、これを飲んでいる。

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さて、締めくくりに、写真の最後にある浄水施設について触れておこう。

もちろん、他のほとんどの国同様、ミャンマーでも水道水は飲めない。お店で飲料水を買うわけだが、ウヴィセイタが住む僧院の前になんとこうして浄水施設があり、誰でも自由に水を汲んで良いのだ。

これについて語るだけで、ブログの記事が1つ2つ書けてしまうのだが、極めて簡単に書き、読んでいる人が「そんなことが会ったんだ」と遠い国のことを感じてくれれば良いとする。

第二次世界大戦でミャンマーのこのメティーラという場所で、日本とドイツが衝突した。そして、ミャンマー人の多くも被害を受けた。もっとハッキリ言えば、ミャンマー人の多くが亡くなった。その数は10万人とも言われている。

それに対して、日本からの賠償の一環で作られたのが、この浄水施設だ。これだけでなく寺院や大型ビルなど、日本からの寄付金で作られたものが点在している。

「日本がエライ」と書きたいわけではない。

人の命という償えないものを、こうして形に変えて償うことに、なんだか言いようのない不条理を感じるのだ。

古くなった浄水施設はメンテナンスされているのだろうか?

時間と共に形骸化し、風化してしまいはしないだろうか?

今でもウヴィセイタはこの浄水施設の前を毎日歩いていると思うと、忘れることなどできないのだ。

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