【184日目】インドへ、ミャンマー総括

ミャンマーを去り、インドへ飛ぶときが来た。大好きな国となったミャンマーについて少し話をしようと思う。

2013年12月13日

ミャンマーに来るにあたり、一夜漬けではあるが、ネットや Lonely Planet で予習をしていた。人によって思いは違うので、一概に「ミャンマーはこうだ!」と言えるわけもないのだけれど、多くの人が現在のミャンマーを支配する軍事政権を批判しているという事実がある。

そもそもミャンマーという国名は現在の軍事政権がつけた名前である。この軍事政権を認めていない国・団体・企業は現在でも旧来の名称である ”ビルマ” と呼称している。日本国内でも朝日新聞は長らく ”ミャンマー(ビルマ)” とかっこ付けではあるが、ビルマの名称を付け続けていたが、最近外したようだ。ちなみに日本国は世界の中でも真っ先に軍事政権を承認した国である。

ミャンマーの空港・鉄道などの施設はすべて国営だ。つまりミャンマーを旅行するということは、その軍事政権にお金を落とすことと同義になる。これを理由に「今はミャンマーに行くべきではない」という意見もある。アウン・サン・スー・チーも同じ意味で「選挙が行われる2015年まで待ってから来てほしい」という意味の発言をしているくらいだ。

僕はこの政権には反対だ。

だけど、こうしてやってきた。

こういう矛盾は往々にしてあるもので、それを悪いことだとも思っていない。

ともかく、3週間ほどのミャンマー旅行を通して思ったのは『現ミャンマーは博物館である』ということだ。

博物館と呼ばれる施設に行ったことがある人は多いだろう。博物館に入ると、巡回路に従って、展示品を見て回る。そして最後に出口と呼ばれる場所で、外に放り出される。例外はない。

展示品はきれいで、魅力的で、知性を刺激する。しかし博物館は張りぼてだ。巡回路にない廊下、展示品の向こう側にはキレイでも何でもない景色が広がる。

まさにミャンマーがそうなのだ。

行ける観光スポットが制限されていて、どこにでもいけるわけではない。外国人旅行者は規制されたエリアに入ることもできず、博物館のように決められた巡回路を回ることになる。多少の好奇心と行動力で移動範囲を広げることは可能だが、それでも「どこでも」というわけにはいかない。

そして、ミャンマーの観光スポットというのは観光地として完璧にオーガナイズされている。しかしそのウラには悲しい話もある。

例えばバガンという2000以上の古い寺院が並ぶ町がある。その町に入るだけで10ドルかそこらの入場料がかかる。

ミャンマー国がこの場所を世界遺産にしようとした。ご存じの通り、世界遺産になるためには厳しい審査を越えなくてならない。そこで、ミャンマーは大金を投じて遺跡の復旧作業を進め、さらに観光地として徹底するために住民を追い出した。そして隣にニューバガンとう町を作って強制的に移住させた。

世界遺産申請の結果は不合格。ずさんな復旧作業のせいで、古い建築技術を無視し、現在の技術などを使ってしまい、歴史的価値を減損させたわけだ。

こういうところが、博物館的だと思う所以だ。

貧しい国なのに、ホテルだけ妙に豪華で高価格帯になっているのも気になる。1食1ドルも出せば食べられる国なのに、ホテルは20ドルを切らない。おかしい。

この二つの言葉はミャンマー人から聞いた台詞だ。

「アウン・サン・スー・チーが『2015年の選挙まで待ってほしい』と言っているから、2015年まで耐えるしかないんだ」
「外国人がバイクに乗って事故を起こすといけないから、外国人はバイクに乗ってはいけないんだ」

なんと素直なんだろう。待てと言われて待ち、「危ないからだめ」と言われて納得する。

ミャンマー国(つまり現在の政権)については納得できないことが多いが、ミャンマー人は本当に素直で、優しくて、友好的で、愉快な人たちだと思う。いつか必ず、また来たいと思った国だ。僕らの旅が終わり、新しい生活を始める頃には、その2015年も過ぎているはず。

その頃にまた来ることができたなら、今とは何かが違うミャンマーを見られるだろうと期待している。

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