【189日目】瞑想特集1:Vipassanaの歴史(仏教との関わり)

10日間に及ぶ瞑想修行を終え、その内容をいろんな角度から紹介してみようと思う。


Vipassanaってなんだ?

(2013年12月18日)

僕らは2013年12月16日から12月27日までインドのブッダガヤにあるBodhgaya Vipassana Meditation Centerという瞑想センターで、瞑想修行に参加してきた。この様子について、いろんな角度からご紹介していきたいと思う。

1つの記事で書ききれる内容ではないので、これからいくつかの投稿を「瞑想特集」として、書くことにする。

Vipassanaとは何か?

Vipassana(ビパッサナ)とは瞑想法の1つだ。

僕らは瞑想について何1つ知らずに参加したのだが、どうやら瞑想法自体に流派があり、それぞれ異なった方法で瞑想を行うらしい。例えば武道にも「○○流」とあるように、瞑想にも「○○流」というものがある。そういう意味でVipassanaはそういった流派の1つだと言える。

その中でもVipassanaを特別たらしめるのは、仏教との関わりにある。修行の中で聞いた話なので、細かい部分は忘れてしまったのだが、非常に大事な話しなので、紹介する。

今から2600年ほど前のインドで、仏教を極め、解脱(完全な心の浄化)の道を究めようとしていた人がいた。その名もゴウタマ。後に仏陀となる男である。心に潜む全ての苦悩を浄化し、肉体と精神の完璧な分離を目指し、長年修行に取り組んでいた。

(ちなみに”仏陀”とは「真理を悟った者・解脱した者」であり、人の名前ではない。ゴウタマというのが、初めて仏陀となった人の名前だ)

ゴウタマは浄化の道は自分の中にあると信じていた。神が浄化してくれるのではなく、自分が自分を浄化しなければならないと信じ、古くから伝わるあらゆる瞑想を教わり、極めていった。それにより心の表層にある汚れはなくなったが、心の奥底にある汚れや苦悩は消えなかった。

そこで更に古くから伝わるVipassana瞑想法を再発見し、取り組んだ。Vipassanaは自分の深層心理にある汚れ・苦悩を表層に浮き上がらせ、少しずつ浄化させた。そしてゴウタマは今僕らがいるブッダガヤで「解脱するまで瞑想を続ける」と言って、断食し、Vipassanaを長く続けた。その結果、彼は解脱し、仏陀となった。

ちなみにブッダガヤにあるスジャータ村というのが、ゴウタマが解脱を終えたとき、心優しい女性がゴウタマに「乳粥」を振る舞った場所であり、仏教の歴史上、非常に重要な場所であるとされている。

極めて簡単にいえば、Vipassana瞑想法は解脱を目指す仏教徒にとって、最適な瞑想法だった、というわけだ。

誤解しないでほしいのは、Vipassana瞑想法は仏教とは関係ないということ。あくまで仏教が後からVipassana瞑想法を取り入れたのであって、Vipassana自体は宗教などに依存しない瞑想法なのだ。事実、キリスト教・ヒンドゥー教・イスラム教など、多種多様な信者が取り入れている。

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瞑想センターにある寺院

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毎朝、このベルで起こされる

近代のVipassana

さて、こうして歴史上は仏教を完成させるに至ったVipassanaだが、最近ではどういう扱いになっていたのか? これが僕らの旅の流れとも重なる部分があり、面白いので紹介したいと思う。

Vipassanaは優れた瞑想法だったが、ゴウタマ仏陀の死後、その弟子たちがVipassanaを広めようと努力したが、一部の人が勝手に瞑想法をカスタマイズし、いろんな流派に別れていった。そのうち強力な派閥であったヒンドゥー教に飲み込まれたこともあり、本家のVipassanaは歴史から消えた。

そのままであれば、Vipassanaは歴史上から姿を消すはずだったのだが、Vipassanaが消える前に、一部の弟子たちがVipassanaを残すために周囲の国々にもVipassanaの伝道師を派遣していた。その1つがミャンマーである。

近年になってミャンマーの奥地で正当なVipassanaを続けている人の1人が「昔インドから教わったVipassanaをインドに返すときがきた」と決意し、当時鎖国状態だったミャンマーから、どうにかインドへ渡り、Vipassanaをインド人へと教える活動が始まった。

これが50年ほど前の話である。

Vipassanaに参加した日、僕らが「ミャンマーにいて、瞑想をやりたくてこうしてインドのブッダガヤに来た」と話すと「ミャンマーでVipassanaに惹かれるなんて、まるでVipassanaに導かれるようですね」と返された。

現在、Vipassanaの正当な修行所(瞑想センター)は世界中にある。日本にも千葉と大阪にあるという。

「瞑想に興味があるけど、とっかかりがなくて」

と、思う人がいるならば、こうした深い歴史のあるVipassanaを検討してみるのもいいんじゃないかな? と思う。

さて、具体的な中身については「瞑想特集2」以降にて。

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