【207日目】孤児院訪問とスジャータ寺で受ける子どもたちからの刺激

ブッダガヤで知り合ったM・Yさんが資金サポートしている孤児院に招待された。親がいない、家がない、会っても住めない・勉強できないという子どもたちが暮らす孤児院は見る限り悲壮感もなく、むしろ夢のある子どもたちだった。彼らが「ぜひ行こう」と誘ってくれて、ゴータマ仏陀が乳粥をもらったとされるスジャータ寺にも立ち寄った。

2014年1月5日

「良かったら孤児院とフリースクールを見に行きませんか」

ブッダガヤに長く滞在するM・Yさんが誘ってくれた。これらの施設を管理・運営しているNGOに、彼はサポーターとして毎年資金援助をしている。M・Yさんは「せっかくブッダガヤが好きでよく来るから、こうやってNGOの活動に関わらせてもらった方が自分も楽しい」と資金援助している理由を語っていた。

「それにね、君たちが行けば孤児院の子どもたちも喜ぶと思うんですよ」

孤児院はブッダガヤの中心地から歩いて30分弱のスジャータ村にある。村の正式名は異なるようだが、地元ではスジャータ村という通称で通っている。その場所に着くと、さっそくNGOの代表であるリベンドラさんが迎えてくれた。

彼は僕らにチャイを振る舞い、NGOとしてやっている活動のあらましを説明してくれた。「お金はないけど、もし手伝えることがあれば手伝いたい」と僕らが言うと

「この施設の資金援助は日本から来ている。日本から応援してくれている人も多い。そういうこともあって、みんな日本が好きなんだ。東北の震災の時はみんなで祈りをあげ、村人が少しずつ募金しあって日本に送ったんだ。だから子どもたちに日本のことを話してくれたら、それだけで嬉しい。あるいはたくさんの国を旅しているんだから、そういう他の国について話して欲しい」

と、リベンドラさんは素敵な笑顔で言ってくれた。さっそく孤児院を案内してもらう。子どもたちは近くの広場でクリケットをやっているという――インドの代表的スポーツで、イギリスの植民地だった影響だ。

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孤児院の寝室。新年を祝う子どもたちの絵が可愛らしい。

このベッドで子どもたちが並んで寝ている。洗濯も晴れた日に自分たちでやり、乾かす。服は寄付で集まるものが多いのか、ハローキティの服を着ている男の子もいた。

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孤児院屋上からの景色

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これも屋上からの景色。貧しい村ではあるけど、一定のインフラはあるようだ。

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孤児院の隣の建物

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孤児院の食事を分けてもらった。これは本当においしい。近所に住む女性が毎日やってきて、朝昼晩の食事を作る。僕ら向けにきれいに盛りつけされているけど、食べ盛りの子どもたちはこのお皿に山盛りに米を乗せ、その上からカレーなどをかける。凄い量だった。

クリケットから帰ってきた子どもたちと話すと、ある子は将来ITエンジニアになりたいとのことだった。僕が旅の前まではシステムエンジニアだった、と話すと「いつか相談に乗って欲しい」とメールアドレスを交換した。

「今はまだ何も知らないけど、勉強を始めたら質問できる相手が欲しいんだ」

まだ15歳かそこらの少年が、この意識の高さ。感心どころか、自分の同年代の頃を思うと恥ずかしいくらいだった。彼は僕らにインドのことを話し、スジャータ寺に誘ってくれた。

このブログでは何度も書いているが、ゴータマ仏陀が解脱の前に乳粥をもらったとされる場所にある寺だ。

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あばら骨が浮き上がる仏陀に乳粥を振る舞うスジャータ

仏教的には重要度が高い割に、非常に小さなお寺。しかし袈裟を着た若い僧侶が集まっているところを見ると「1度は来たい場所」なのだろう。しばらくこの場所でくつろいだ後、子どもたちに「また来る」ことを約束し、帰路についた。

気付いてみれば、僕らが子どもたちに「日本のこと・他の国々のこと」を話す間もなく、彼らに教わってばかりだった。それでも話し相手になることが、何かの手伝いとか、応援みたいなことに繋がればいいな。

帰り道、そんなことを考えていた。

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