【217日目】仏教の聖地とヒンドゥー教の聖地をハシゴ

バラナシの観光スポットとして有名だと思われるサールナートへ行ったものの消化不良に終わり、なんとなしに見に行ったガンジス川沿いのプージャーに心惹かれた。

2014年1月15日

ブッダガヤで知り合った人に借りていた地球の歩き方<インド>に書いてあった観光スポットであるサールナートへと行ってきた。どうやらそこそこ遠いらしく、宿で安い行き方を尋ねると

「駅までサイクルリキシャで行って、そこからオートリキシャをシェアするのが1番安い」

のだと言う。言われるがままに行ってみたが、値切り交渉が足りないのか、言うほど安くはならなかった。現地価格で行こうというつもりもないので、構わないが……。

ともかくちょっとした長旅で辿り着いたのがサールナート。

wpid-DSC_0187-2014-01-30-14-30.jpg

外からでもちゃんと見られるのだ。100ルピーの節約!

wpid-DSC_0191-2014-01-30-14-30.jpg

この塀の向こうは有料なので、物乞い・物売りは外から塀越しにがんばる

このサールナートはゴータマ仏陀が悟りを開いた後で、最初に説法をしたという場所なのだ。相手は5人の弟子たち。実はこの弟子たちは、仏陀が悟りを開く前にスジャータ村で乳粥を受け取ったことに失望し、仏陀の元を去っている。というのも仏陀は「悟りが開くまでは断食を続ける」と宣言していたからだ。その最初の決意を曲げたことで、弟子たちは仏陀には悟りを開けないだろうと思ったわけだ。

ところがゴータマ仏陀は解脱に至った。

そこでゴータマ仏陀は悩んだ末に弟子たちを探し、最初の説法をすることにしたわけだが、その場所がこのサールナートだ。同じバラナシでもガンジス川はヒンドゥー教の聖地、こちらは仏教の聖地ということになる。

ガンジス川周辺は汚れと喧噪に溢れている一方で、こちらは静寂に包まれている。時々声をかけてくる客引きも心なしか遠慮がち。そういう意味では居心地の良い場所ではある。

と言いつつも僕らはサールナートには入らなかった。入るのに100ルピーかかると言われ、しかもメインの見世物であるストゥーパは外から丸見えなので、外から見ることに決めて中には入らないことに。

しばらく座って休んだ後で、喧噪のガンジス川に戻った。

聞くところによると、毎日18:30からプージャーと呼ばれるヒンドゥー教のお祈り(?)がガンジス川沿いで執り行われるらしく、そいつを見ようとやたら日本語がうまいインド人と雑談しつつ、ガンジス川沿いで時間を待つことに。

その儀式はなかなか見物だった。見栄えも音も華やかで、周りの環境客にせよ、地元のインド人にせよ、近くの階段に座って大人しく見ていた。”ガンジス川沿い” とひと言で言っても、中心地というものがある。その中心地で見ると華やかだが、そこから離れた場所でもこのプージャーは執り行われている。

wpid-DSC_6520-2014-01-30-14-30.jpg

こうして並んで儀式が行われる

wpid-DSC_6529-2014-01-30-14-30.jpg

手慣れたもので、非常にスムーズに進む

wpid-DSC_6512-2014-01-30-14-30.jpg

基本的にはこの煙が出るやつと、ろうそくみたいなものを燃やしたものを使う。

中心地では華やかな一方で、外れの方では静かに淡々と進められ、あるいはこちらの方が見ている分には面白いかもしれない。

ガンジス川沿いの観光で僕が大きく強調したいのは、とにかく何でも中心地で見ようとせず、あえて外れを歩いてみよう、ということ。中心地を外れたところに本当の生活感も出るし、素朴な宗教観も見えてくる。「京都といえば金閣寺」と言われると、「それだけじゃない!」と言い返したくなったりするのと同じように、やっぱりここでもそうなのだ。

たまには動画を作ってみたが、どうかな?

どうせやることが多いわけじゃない場所だから、ガンジス川沿いをノンビリ歩いて、地べたに座り込んで、時々寄ってくるインド人と絡んだり蹴散らしたりしながら、その場の空気を楽しんだら良いと思う。

ブログランキング・にほんブログ村へ