【263日目】本場インドのヨガを受けた結果、ぼくらが途中でリタイアした理由

2週間のヨガ入門コースに参加した僕ら。コースを中座する形で10日で去ることにした。その理由を書いてみたい。

ちなみにコースの概要はこちら▶ 本場インドでヨガ修行 受けたコースの概要を紹介


ぼくらにとってヨガってなに?

2014年2月26日

ヨガの修行に参加して、10日が過ぎた。

結論を言うと、2週間という期間を待たず、僕らはコースを去ることにした。あと4日を残して去ったのは、辛かったからではなく、どうしても馴染めない部分があったから。それも含めて書いてみたいと思う。

ヨガとはなにか? ということを書こうと思うと、それ自体が1冊の本になるほど深いテーマで、とてもブログの1記事にまとめられるものではない。特に日本ではエクササイズとして、あるいはキレイな身体を作るためのヨガという認識があると思うが、それは凄く偏ったもので、実際は心と身体の健康を担うという意味合いが強い。さらに言えば、神と自分を繋げるといった、宗教的な意味合いもあり、本当に一筋縄では説明できない。

昨日の記事にも書いたとおり、修行は身体を動かすエクササイズ、瞑想、講義の3つで構成される。

エクササイズレッスン

エクササイズというのは簡単に言えばストレッチ。太陽礼拝という、ウォーミングアップ的な一連の動きと、12種類のストレッチを徹底的に教わる。身体が堅ければ堅いなりに、柔らないなら柔らかいなりに教えてくれるから、堅い人も心配しなくてもOK。僕も本当に堅いのだけど、凄く気持ちよかった。

エクササイズレッスンは時間をかけて身体のいろんな部位を点検するような作業だ。丁寧に伸ばしながら、自分の身体の癖を理解していく。僕の場合は自分の骨盤の向きというか、使い方が良くないことに途中で気付き、それを矯正することで、飛躍的に身体の使い方がうまくなったと自負している。

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(写真)瞑想中かな。正しい姿勢ってのは凄く意識するようになった。これは本当に大きな収穫。

日本でヨガのレッスンを受けるとせいぜい週に1回くらいだろうが、ここだと1日に2回、合計4時間もやるわけで、その進歩は比較にならない。柔軟性がすべてではないが、僕は初めて前屈でつま先に手が届くようになった。

瞑想、違和感の始まり

朝は陽が昇る前、夜は寝る前に瞑想の時間がある。Vipassanaとは違い、シヴァナンダヨガの瞑想は歌を歌ったりする。瞑想については説明があまりなく、突然みんなが太鼓を叩き、歌を歌う。歌も知らないし、歌詞もサンスクリット語なので意味不明。先生曰く、その発音自体に意味があり、力をもたらすのだというが、よく分からなかった。

正直に言えば、この瞑想が僕らには耐えられなかったことの1つだった。歌の中でシヴァナンダさんの名前がよく出てくる。あるいはヒンディーの神の名前も出てくる。それらを否定はしないが、宗教の信仰をしたいわけではないので、軽い気持ちで歌う気持ちにはなれず、最初の頃は黙ってみんなが歌うのを聞いていた。

黙って聞いているのが辛くなってきて、僕らは瞑想には参加しないことにした。その代わりベッドや歌の聞こえない静かな場所で、静かに瞑想に取り組むようにした。それを先生に見つかり注意されることもあったが、まぁ、仕方ないと割り切った。

講義

講義はヨガとは何か? 何を目標としているか? といったことを時にまじめに、時に面白く説明してくれる。

心の健康とは何か? 身体の健康とは何か? という話題が中心で、聞いていて頷くことが多い。当たり前の話もあるが、総論として「人が幸せに生きるには」という根本的な話題を体系立って説明してくれるので本当に勉強になった。今まで漠然と理解していたことを整理してくれたような気がする。

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(写真)奉仕の心を育てるため、という名目で全員仕事を与えられる。僕は施設内のカフェのキッチン。毎日シェイクを作ったり、サラダを作ったり……。まぁ、楽しかったな。

なぜ僕らは去ったのか?

大きく2つ理由がある。

  • 瞑想についていけないこと
  • 施設がゴージャスすぎること、そして運営方針の不明瞭さ

前者は「瞑想」のセクションでも書いた。僕らはVipassanaの瞑想が好きで、どうしてもヨガの瞑想に馴染めなかった。これは好き嫌いの問題だろうと思うので、決してヨガの瞑想が悪いという意味ではない。

問題は後者だ。

1日あたり750ルピーを支払っているが、これは募金という名目になっている。シヴァナンダ・ヨガというのは奉仕の精神を根底に置いているので、こういう形になる。それはまったく問題ない。

でもね、募金ならばその金は

  • 施設の運営費用
  • スタッフの育成・給与の支払い
  • 地元住民への還元(労働環境の提供など)

として使われるべきだと思う。しかしその施設は無駄に豪華絢爛で、巨大なヒンディーの神々の像や絵が並ぶ。エライスタッフはエアコン付きの大きな部屋に住む一方で、アシスタントの人は給料ゼロ。地元の理解を得られているとも思えず、地元コミュニティからは隔離された環境。

リゾート地の高級ホテルのような庭やホールが並び、とても修行場とは思えない。最初からそれが違和感で、10日の間に違和感は嫌悪感に変わった。

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(写真)こういう神々の像はいらないと思う。宗教心は尊敬するし、絶対に否定はしないけど、ここはヨガアシュラムなのだから、少しでも無駄な出費を抑えて誰でもヨガを受けられるようにして欲しいと思う。

修行場なのだから施設は質素でいい。そうすることでお金持ちでなくても参加できるようになる。地元の人が参加できるくらい安くし、あるいは地元の人を雇用することでコミュニティに参加するなど、そういうことをしてほしいと思う。

実はこの入門コースの名前はヨガ・バケーションである。

まさにこの名前が示すとおり、ここはヨガの修行場ではなく、リゾート的環境でヨガを楽しめる「ヨガのバケーション」を体験できる場所なのだ。実際、そうように割り切っている人は楽しく毎日を過ごしていたし、まじめに修行したいという気持ちの人は僕らと同じように途中離脱していった。途中離脱した人は決して少なくなかったと思う。

でも誤解しない欲しいのは、ヨガとして習ったことは非常に為になった。この記事を書いているのはヨガを終えて1ヶ月以上が過ぎてのことだが、毎日少しはヨガで習ったストレッチをしているし、少しは食事にも気をつけている。途中離脱は施設の運営方針が嫌だっただけで、ヨガ自身は悪くないのだと強調しておきたい。

ちなみに!

ヨガはリタイアしたぼくらですが、瞑想修行はちゃんとやりぬきました!

こちら!▶ 【189日目】瞑想特集1:Vipassanaの歴史(仏教との関わり)

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