始めて出会ったスーフィズムの人に食事を頂きにお邪魔しました

次に行こうと思っている国はイランです。あそこでは女性はいつも肌を隠さなければならず、頭にもスカーフを巻いていなければなりません。そこでイランへの移動を前にスカーフを買ってみたら、ステキな出会いがありました。


キッカケは本当にただの買い物でした

イランで必要になるスカーフを買うべくマクロードガンジの町をうろついていたら、ステキなスカーフ屋さんを発見。そこではスカーフに限らず、絨毯、マットといった生地物をたくさん揃えています。

3m×3mくらいの小さい店です。そこに所狭しといろんな生地を取りそろえています。店内がきれいで、掃除が行き届いているのもインドらしからぬ感じ。

「これいいよ」と薦めてくれる店主のヒラルさん

wpid-IMG_4484-2014-06-7-14-00.jpg

ぼくらには到底手が届かない宝石も売ってます

wpid-IMG_4487-2014-06-7-14-00.jpg

外から見てもステキな色合いのお店です

wpid-DSC_9377-2014-06-7-14-00.jpg

店主は日本に滞在したことがあるインド人

店主と話してみると、なんと日本にも滞在したことがあるインド人でした。どうやらJETプログラムを利用して、北海道に行っていたようです。東京や京都にも行ったことがあるようで、結構長く滞在していたんですね。ぼくらが日本人だから、ということもあるでしょうが、日本人のことを絶賛していました。

結局あれこれスカーフを見て、気に入った1枚を買います。その後も写真を撮ったり、雑談をしたり、と長居していました。

店主のHilalさんはカシミール地方出身で、今でも家族はカシミールに住んでいるそうです。親から「身の回りをきれいにしておくことは大切なことだぞ」と教わったようで、きれい好き。

やっちゃった……

買い物を済ませ、ご機嫌に帰宅し、数日後のことです。

「あれ、スカーフがない」

宿の部屋のどこを探してもスカーフが見つからない。2人で頭をひねった結果、スカーフを買った店で、置き忘れたんだという結論に至りました。ここはインド……。1度なくした物が簡単に見つかる国ではありません。

でも彼と話した感じだと凄く良心的で誠実そう。本当にあの店に置き忘れたならば、きっと取っておいてくれるはず……。試しに行ってみたところ、店に入った瞬間

「ああ! 良かった。君らスカーフ忘れただろう。わっはっは!」

ってな具合に裏から買ったまま袋に入っているスカーフを出してくれました。

「あの日、君らが帰ってしばらくしてから忘れていったことに気が付いたんだよ。近くに止まっているって言うから車で近くを探してみたんだけど、やっぱりいなくてねェ」

ああ、ありがとうございます。

「ところでうちでご飯でも食べない?」

と急なお誘いで、彼の家に行くことに。

キレイに整理された大きなワンルーム

昼間の大嵐で町中が停電している中、やっぱり彼の家も真っ暗。帰りしなに買ったろうそくを部屋に何本か立てると、仄かに明るいムーディーな雰囲気になりました。

Hilalさんは、彼が好きだというチーズカレー(インド的にはパニールカレー)を作りながら、色々自分のことを教えてくれました。

彼はデリーやダラムサラなどにいくつかの生地物を売るお店を持っているそうで、各店を定期的に回っているとか。で、店はスタッフに任せているようです。家族はカシミール地方に住んでいて、本人もカシミールが1番好きらしいです。

「他の人が作る料理は何が入っているか分からないからね」

毎日自炊しているHilalさんは言います。自分の母親がいつも作ってくれたカレーが1番おいしいのだと言う彼を見ていると、本当にこの辺の感覚は国を問わないのだなァ、と痛感。

インドのカレーを日本人は「カレー」とひとくくりにしてしまいますが、食べ比べてみるとやっぱり家庭の味があるんです。ぼくらでも分かるくらい、各家庭で味が違う。食べ慣れているインド人にとっては全然違うんでしょうね。

スーフィズム

インドで誰かと仲良くなると必ず話題になるのが宗教の話。

Hilalさんはスーフィズムという宗教を信じているとのことでした。ぼくらは「っていうか、スーフィズム」って何? っていう状態で、結局少し全貌が掴めたのは帰ってネットで調べてから……(いやはやネットは便利ですねェ)。たぶん、知らない人が多いと思うので、少しWikipediaから引用してみます。

スーフィズム(صوفية‎, Sufism)とは、イスラム教の神秘主義哲学である。……(略)
スーフィズムでは禁欲的で厳しい修行を行い、また白い布状の服を身につけて一心不乱に回る、回旋舞踊(ズィクル)と呼ばれるものを行い、神との一体化を求めた。スーフィーは導師の指導の下、決められた修行(マカーマート)を段階的にこなし、準備を進める。最終段階では、雑念を捨て去り一心に神の事をのみ考え、神と合一したという悟りが訪れるのを待つ。この境地に至った者は、時として聖者に認められ、崇拝の対象となった。

参考:スーフィズム – Wikipedia

「毎日の生活が修行なんだよ」

彼のこの言葉が印象的でした。生活のすべてが修行だというのです。例えば、家に入るとき、トイレに入るとき、部屋に入るとき、必ず左足から入る。逆に出るときは右足から。身体を洗うのも左から右。物事には順序・流れがあって、それをみんな無意識に乱してしまっている。正しく秩序を持って生活することで、自分のエネルギーを逃がさないんだ。

「日本でも、いただきます・ごちそうさまって言うだろう? そういう生活の中の儀式が大切なんだ」

何となく言いたいことは分かります。

宗教的な意味ではないですが、この旅を通して “生活をちゃんと楽しむことが幸せ” なんだということを強く実感しています。いい車を買ったり、でかい家に住んだり、毎日高級料理を楽しむことはもちろん、すごく魅力的ではありますが、本当に幸せなのは家でおいしくご飯を食べたり、ちゃんと寝て、起きて、やるべきことを丁寧にやること。

この 丁寧さ・ちゃんと というのがキモで、適当に食べるんじゃなくて、かといって高級レストランに行くんでもなくて、自分の家の近くで採れる野菜を、自分が慣れ親しんだ調理法で食べる、要するにその土地の食べ物を、その土地の食べ方で食べる、っていうのが1番なんだと思うんです。

Hilalさんがスーフィズムとして説明してくれたこととは少しズレましたが、彼の言わんとしていることの一部はきっとこういうことに通じるんだろうと思っています。実際彼は食事を凄く大切に考えていて、決していい加減ではなかったです。

祈りは音楽から

どうやらスーフィズムでは瞑想に楽器を用いるようです。これ自体はなんら珍しいことでもなくて、ヒンドゥー教でも太鼓やオルガンを鳴らします。でも、Hilalさんの話で面白かったのは「みんなまず楽器を練習するんだ」という話。実際彼もフルートが吹けるようです。

「音楽のバイブレーションが大切なんだ」

カシミールに来ることがあればまた!

お礼に美亜が味噌汁を作ると、彼は喜んで食べました。

「旅行をすることは最高の教育だよ」

そう言って長旅をしているぼくらの応援をして、ホテルの近くまで車でぼくらを送ってくれました。

「カシミールに来たらうちにおいで」

こうやって軽く誘ってくれる。そして、もしぼくらがまた来たなら確実に歓迎してくれる、そういうみんなの優しさに本当に感謝するばかり。

最近はチベット料理ばかりで、久々に食べたカレーでしたが、本当においしかったです。

ブログランキング・にほんブログ村へ