普通のことを普通にやるのが1番、楽しくて、体にも環境にもいいはず

普通のことを普通にやることが、本当は1番楽しいことだし、体にも環境にもいい。ぼくらが旅から学んだことは、結構そんなもんだったりします。

まだ旅路も半分ですが、ひとつマイルストーンも兼ねて、ここらで今思うことを書いておきたいと思います。


普通のこと

ここでいう普通のこと、というのは例えば食べ物に関して言うと……

  • 季節のものを食べる
  • その土地のものを食べる
  • その土地の食べ方で食べる

ということです。他にも例えば家の建て方だって、その土地の伝統的な建て方がありますし、畑だってその土地ごとに少しずつやり方が異なります。服だってその土地ごとに違いがあるし、大きく言えば「考え方」そのものが土地ごとに違うことだってあります(例えば豚は食べない国があったり、雪に対する考え方も土地によって違う)。

日本で言えば昭和初期くらいまでをイメージしてもらえば、分かりやすいと思います。というのも、その後日本は急成長を遂げ、いろんなことが便利になり、結果として「その土地ごと」というのが薄れていったから。

野菜なんかもその土地で旬になる前に南の県から輸送されてくるから、実際の旬よりも早くスーパーに並ぶわけです。それどころか、あの手この手で季節以外にもその野菜を作ったり輸入したりするから、高くなりがち。

普通のことはおいしい

食べ物に絞って考えると分かりやすいです。

旅をしていると、ちょっとした旅先の料理が「うまいなぁ!」としみじみ思えることがあります。特に発展途上国にいると、本当に些細なものがおいしい。地元のレストランで、地元の人が食べているものがおいしいわけです。彼らが何を食べているかと言えば、地元で採れた野菜を、地元の調理方法で作った料理なわけです。

食べ方も自然とその品種を活かし、気候にあったものになります。例えばスパイスをたくさん使うのは、汗をかいて体を冷やすという理由があったりするわけです。

もう “地産地消” という言葉は聞き親しんだものですが、やっぱり地元産のものは安いしうまい。さらに旬のものも安くてうまい。その土地の食べ方というのは、その土地の気候にあっているわけですし、その土地で手に入る素材で作ることができるわけです。日本の伝統的な料理ならば、当然日本で採れる野菜を使っているわけです。

例えばレストランの入り口に「地元産の野菜と牛肉を使って、この土地の伝統料理」って書いてあったら「うまそう!」って思いませんか? でもそれって、どこの家庭でもできることだし、やっていたこと。それが普通のことだったんです。普通のことっておいしいんですよ。

普通のものって環境にもいい

フードマイレージという言葉があります。このブログでも前に書きましたが、その食べ物があなたの口に届くまでにどれくらいの距離を移動したか、という指標です。移動すると言うことはトラックを使うのは間違いないでしょうし、輸入品ならほぼ確実に船に乗ってやってくるわけです。

その時のCO2産出量が問題なわけですね。それに比べて地元のものは移動距離が短い。つまり環境にいい。受け入れやすい考え方だと思います。

※ でもこれが当たらないケースもあるようです。例えば(一部の)国産牛肉。牛は国産だけど、育てるために使うエサが輸入品の場合があり、その量が膨大なため、そのエサがある国で育てて、肉だけ輸入した方が環境に良かったりする場合があるそうです。すべての国産牛肉がそうかは分かりませんが、何にでも例外はあるのだな、と考え込んでしまいます。

何でも手に入る

日本にいると本当に何でも手に入ります。

別に否定するつもりはないし、実際それはそれで楽しいわけですが、やっぱり軸足は地元に置いておきたいなと思うんです。

普通のものって楽しい

例えばモンゴルに行ったとき、お世話になった家では自分の飼っているヤクから採れたミルクを飲み、ヨーグルトを作り、チーズを作ります。どれも凄いおいしい。

日本にいたときはとても忙しくてできる気はしませんでしたが、それでも今思えば、味噌を作ったり、漬け物を作ったり、やれば良かったと思うわけです。だって楽しいじゃないですか? みんな「田舎体験」とか「農家体験」とか「工場見学」とか好きだと思うんです。

味噌工場見学とか、お金払っていく人だっていると思うんです。そういうのを家でやればきっと楽しいはず。

食べ物だけじゃない

例えばその土地の建物って、やっぱりその土地の風土にあってる。風通し、気温、湿度、そういうものにうまい具合にあっているわけです。

まぁ、都会の真ん中にかやぶき屋根の家を建てる気にはならないかもしれませんが、そのエッセンスを捉えて、反映できたらきっと楽しいのでは?

普通ってなに?

で、その自分の土地の普通ってなに? と考えたとき、悲しいかな分からないんですねぇ。

自分のところで採れる野菜ってわかりますか?

50年前、80年前くらい前、あなたが住んでいる土地では何を食べていたんでしょう?

分からないんですよ。こういうのって海外を旅しているとよく聞かれることことです。

「この野菜、ぼくの国では○○のように調理するけど、君の国では?」

このシンプルで簡単なはずの質問に戸惑うことがあるんです。言い換えれば、ぼくらが出会う人は、みんなよく知ってる。答えられなくて、悲しい、というか恥ずかしい思いをすることが多いんです。

少なくとも今ぼくが思う普通のことって、ぼくが日本にいたときにやらなかったことばかりで、それどころか知らないことばかり。そういう意味ではぼくにとっての普通ではないんです。

その土地の普通のこと。それをちゃんとやることが楽しくて、健康的で、環境にいい生き方なんじゃないのかな?

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