世界一周小説:「スマホの通知とヒマラヤの老女」のあとがき

世界新聞で連載中の『世界一周小説』のヒマラヤ編が公開されました。

スマホの通知とヒマラヤの老女

今までこういうことを書いてこなかったのですが、たまには作品の「あとがき」的なものを書いてみようかと思います。要するに余談です。


あとがき

ぼくらがヒマラヤのアンナプルナ・サーキット・トレッキングというコースを歩いたときのことです。まさにこの作品の舞台となったアッパーピサンという村に滞在していました。宿のオーナーは老夫婦で、彼らは英語を話せないからか、年齢が年齢だからか、若い男性を従業員として雇っていました。その男性というのは、このブログでも紹介したことがあるソナンさんという、シェルパ族の料理人です(参照▶アンナプルナ7日目〜最高の山岳料理人シェルパ族の料理を食べる)。

彼は陽気で、気前のいい、本当に気持ちの良い人で、山の中で2泊も連泊した理由のひとつは「彼との交流が楽しかったから」と言っても過言ではありません。

そのときの老夫婦は本当に真面目な仏教徒(あるいはボン教だったのかもしれません)でした。いつ何時も数珠を手放さず、老夫婦の間で雑談しているときでさえも「オーム・マニ・ペメ・フム」という祈りの言葉を絶えず唱え続けていました。もうそれはそれは異様(失礼!)な光景で、陽が暮れて、窓の外が薄暗くなっていく中で、絶え間なく聞こえてくる「オーム・マニ・ペメ・フム、オーム・マニ・ペメ・フム」という言葉は印象的でした。

ちなみにこの「オーム・マニ・ペメ・フム」にも当然意味があります。それを短く語ることは難しいのだけど、思い切って簡単に書いてみましょう。

オーム:釈迦の思想・身体などを表している。悟りを開くことで、今は不浄な身体だとしても、それを変えることができるという意味がある。
マニ:宝石を意味する。宝石が貧困を救うように、利他主義によって悟りを開くことができる。
ペメ:蓮を意味する。泥の中でもきれいな花を咲かせる蓮のように、人は美しく咲くことができる。
フム:分離できないものを意味する。

より詳しい説明はこちらを参考にしてください▶オム・マニ・ペメ・フム|ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

自分なりにこう理解している。

「未来は過去から繋がっているもので、かつ変えることができる(諸行無常)。だから過去がどうあれ、現状がどうあれ、これからを良くしていくことが唯一人間ができることである」

とにかく過去を後悔しても仕方ない。後悔するなら、それはこれからの行動に活かさないと。そうぼくは思うのです。

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