感謝づくしのロンドン滞在と、ベルリンへの悲しい意気込み

怠惰と法楽の生活だったロンドンを後ろ髪を引きちぎる思いで飛び出した僕らは、ベルリンへと向かいました。ロンドンの総括とベルリンへの意気込みをひとつ語ってみたいと思うわけでございます。


ロンドンでの嬉しい怠惰生活

ぼくらはロンドンに3週間ほど滞在しておりました。あの恐ろしく物価の高いロンドンという街に、これほど長く滞在できたのは言うまでもなく、ロンドン在住のYちゃんのおかげなのです。この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

「ありがとう。たすかりました!」

ぼくらのロンドンでの滞在は、観光したいという気持ちよりも、Yちゃんと交流しつつ、生活を取り戻したい、帰る場所がある生活を楽しみたい、という思いの方が強かったように思います。なにしろ旅をしていると、毎日がその日暮らし。キッチンがなければ食事も作れず毎食外食。帰る家も仮住まいだから、いつだって遠慮がちになってしまう。そんな中でこうして友だちの家に泊めてもらえるというのは、思う以上にありがたいことなのです。

例えばスーパーで肉や野菜を買い溜めて、冷蔵庫に保管して、数日に分けて調理する。そんなことだって、旅の間はできないことなのです。外食は時々だから楽しいのであって、毎日の食事はやっぱり自炊がいい。旅は時々だから楽しいのであって、毎日旅をしていると旅から遠ざかりたくもなる。誰もが無いものねだりをしているのです。

ベルリンへ

このブログでも何度か触れているシェンゲン協定というものがあります。簡単に書くと

シェンゲン協定に加入している国(ヨーロッパの多くの国が加入している)には合計で90日しか滞在できない。

というルールです。その代わり、それらの国々の間を旅行するのは非常に簡単で、国境を越えるという感覚さえありません。短い旅行ならば便利なルールなのですが、長旅だと足枷でしかない。そんな中、イギリスはシェンゲンに加盟しておらず、この90日にカウントされないわけで、こうして長居しても90日という枠を使い切らずに済むのです。

ぼくらに残された日数は10日ほど。せっかくだからあと1カ所くらい行ってみたい。ならば、と決めた行き先がベルリンでした。

ベルリンと言えばベルリンの壁。あの悲しい出来事で象徴される都市です。ベルリンの壁の歴史については別の記事で触れますが、とにかく崩壊したのは1989年。ぼくが7歳のころ。まだニュースとか海外情勢に興味などなく、毎日の遊びにばかり夢中だったころです。でも、こうして考えてみると、ベルリンの壁の崩壊はまだ「歴史」と呼ぶには新しい。もし生まれる場所が少し違ったならば、7歳のぼくはベルリンの壁に涙し、その崩壊に歓喜したことでしょう。

知識として、第二次世界大戦、占領、分割、壁の建築、崩壊、という流れは知っています。その壁によって数限りない悲劇や悲しみを生み出したという事実も知っています。だけど、そういう知識とは別に、その壁の存在を感じてみたい。その壁に触れてみたい。そういう気持ちになりました。

わりとぼくらは観光地にドライです。でも、このベルリンの壁は行かなきゃならない。そういう気持ちが昂ぶりました。

観光づくしのドイツ旅

というわけで、ドイツでの滞在はベルリンの1都市のみ。観光ばかりするという、僕ららしくない滞在となりました。が、それもやっぱり僕ららしさと言えるでしょう。

次の記事からベルリンでの観光記事を挙げていきたいと思います。

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