物不足のベネズエラで見た消費型社会の悲しさ そしてそれは自分に返ってくる

ベネズエラに長く滞在していていると頻繁に見かけるのが “行列” です。物不足だからたまにそれが店頭に並ぶと仕方なく行列を作るわけです。本当に並ばなきゃいけないの? 仕方ないことなの? そんな疑問を考えてみると、ぐるりと何かがブーメランのように自分に返ってきます。消費型社会のひとつの悲しさというか、図式を見た気がします。少し繊細な話題だと思います。みなさんはどう思いますか?


物不足は深刻

オープンしているモールなのに、誰もいない、店もない。

ベネズエラの物不足は深刻です。日用品が本当に不足していて、ぼくらが気付いたものだと……

  • 洋服用洗剤
  • 牛乳
  • 生理用品
  • シャンプー
  • ボディーソープ

といったものが不足しています。これがまた “まったくない” のではなく、たまに少量入荷されるものだから、入荷されると町中の人に情報が流れ、みんながその店に行列を作ります。

こんな状態だから、町を歩けば必ず何かの行列を見かけます。いつも町のどこかのスーパーに、“不足している何か” が仕入れられ、それを求めて行列が作られる。同じ宿にいた日本人が、行列の最後尾の人に「何を買うために並んでいるの?」と聞くと「知らない」と答えられたこともあるそうです。行列があれば念のため並ぶようです。

石けんか何かのための行列。入場規制が敷かれております。

なにしろ生活必需品を売っているのは確かなはずなので、とりあえず並んでおこう、という心理なのでしょう。笑い話のようでいて、悲しい一面を垣間見た気がしました。

かわいそうなのは物不足じゃなくて

この日はマヨネーズだか牛乳だかが売られていました。

もちろん物不足もかわいそうだと思います。隣国ブラジル・コロンビアには溢れるほど物があり、金さえ出せば手に入らないものはないでしょう。なのに国境ひとつ挟んだベネズエラにはそれがない。

原因を辿れば政治的汚職・経済破綻といったありきたりな火種に行き着きます。

でも、ここではちょっと視点を変えて考えてみたいと思うのです。

不足しているのは “生活必需品” だと書きました。洋服洗剤・油・牛乳・生理用品・シャンプー・ボディーソープ……。たしかに生活必需品ですね、と言いたいところなのですが、本当にそうでしょうか?

例えばシャンプー・ボディーソープは本当に必須でしょうか? 毎日使わなきゃいけない物でしたっけ? 実はぼくらはいろんな経緯でシャンプー・ボディーソープを使わなくなりました。もちろん「不潔でいいや」ということではなく、ちゃんとした理論と手順にもとづいたテクニックです。

(参考)
我が家はシャンプーや石鹸を使わないタモリ式入浴法を実践してます
湯だけで体を洗う | エコ肌生活記

まぁ、こういったテクニックとして紹介しなくとも、感覚として “毎日洗う必然性はない” ということは実感できる人も多いと思います。

また、油ですが、ないならないで、料理はできると思うんです。少しだけ料理の幅が狭まりますが、さほど問題はないかと。でも、ベネズエラ人は毎日のようにエンパナーダという揚げ物を作る。揚げ物ってことはタプタプとした油を毎日使うわけです(1回で使い捨てるわけじゃないでしょうけど)。

(参考)
油を使わない炒め物☆
『油を使わない野菜の炒め物』の作り方

他にも生理用品だって、今は布ナプキンというのがありますね。身体に優しい&エコということで、日本では注目されています。それもベネズエラの人に聞くと「そんなもの知らないし、使う文化もない」と一刀両断。いつ販売されるか分からない生理用品を待ち、並ぶのを受け入れているようです。

なんだかかわいそうなのは物不足そのものじゃなくて、「それがないとダメ」という精神なんじゃないかと思ったのです。

しかし少し考えてみると、「なくてもいい」という発想自体、先進国の贅沢から来ているとも言えます。生きていくことに不安がないから “身体のためにシャンプーをやめてみよう” とか “ヘルシー志向で油を控えてみよう” という感じで、代替策が開発されていったのです。本当に生きるのに必死だと、エコ・ヘルシーといったことに頭が回らず、どうにか現状を維持する方法を考えるだろうと思います。

その挙げ句、先進国は大量生産・大量消費の商品を途上国に販売し、儲けは自国でエコ・ヘルシー商品に当てる。そんな図式が頭に浮かびました。実際は途上国にそういう物を売っている人と、エコ・ヘルシー商品を開発・使用している人は別の人なので、無意味な図式なのですが……。

ただ、本当に途上国に売るべき物は、消費型じゃない生活スタイルじゃないだろうか? とそう思ったわけです。でもそれって商売としては弱いんですよね。「油がなくても料理ができる」とか「石けん無くても身体はキレイになる」とか、それじゃビジネスになりませんから……。せいぜい啓発本でも売るくらい?

答えを出す気はありません

この話の帰結として、「こうすべき」という答えを出す気はありません。

ましてや先進国がシャンプーなんかを途上国に売っていることを悪だという気持ちもサラサラありません。だって便利ですもの。

だけど、ひとつ言えることは

もしぼくがベネズエラに住むことがあれば、そういう不足した商品の使用は最小限に抑える方法を全力で考えるし、自分の身の回りの人や興味を持ってくれる人には、その方法をシェアしていきたい

ということです。

そもそも外国人であるぼくがベネズエラ人のこのスタイルを「かわいそう」と思うことも傲慢だし、それを「変えればいいのに」と言うことも無責任な話です。それでもあえて書いているのは、この話はブーメランのように自分に返ってくるからなんです。

我が身を振り返る

実は日本でも同じことが起きているんだなァ、ということに気が付きます。企業が「これは必要だよ」と訴え、消費者が「必要なんだァ」と疑いもせず金を払う。そういう図式はいくらでも浮かびます。テレビCMで宣伝されている商品のうち、本当になきゃいけない物っていくつあるんでしょうか?

搾取する側とされる側という2者が見えてきます。

つまり先進国・途上国の関係だと思っていたことが、実は搾取する側・される側であり、自分たちの問題でもあった、ということ。言うまでもなく自分は搾取されていたと思う。

あなたがいつも必要だと思っているものって、本当に必要ですか? 買わなきゃいけない物でしょうか? 消費型社会の今だからこそ、何かを買う前に「本当に必要か?」という自問をしてみたいものです。

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